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カーブアウトFS作成上の論点

- カーブアウトFSとは -

カーブアウト(事業の切り出し)には、"センス"が求められる

 「カーブアウト財務諸表 / Carve out FS」とは、連結または単体の財務諸表から、様々な目的に応じて一定の前提のもと、対象事業に関わる財務情報を切り出し、調整した財務諸表と定義する。

 一般に、カーブアウトは、ノンコア事業や不採算事業の切り出しにおいて用いられる表現であるが、事業売却に限らず、事業統合、グループ内再編、経営管理など、数多くのファイナンシャルアドバイザリー業務を自ら経験した結果、様々な局面で共通して当てはめが可能と考え、筆者の個人的な見解の基に定義づけしたものである。

 カーブアウトFSを作成する局面は、経営管理、事業売却、グループ内再編、事業統合、事業承継局面などが想定される。それぞれの局面におけるカーブアウトFS作成の具体例、および各局面において共通する主要な論点について以下に列挙する。なお、税制改正を有効活用したカーブアウトスキームの詳細な手続きに関しては、別稿「カーブアウト支援と平成29年度税制改正」も参照されたい。

局面 具体例 主要論点
経営管理 製造から販売部門まで製販一体の事業別の連結経営管理のため、事業別カーブアウトFSを平時から整備 ① カーブアウト対象
② 管理会計と財務会計
③ 勘定科目メッシュ
④ 会計システム
⑤ 関連当事者取引
⑥ 本社共通費
⑦ 資産・負債の分割
⑧ 連結消去
⑨ スタンドアロンイシュー
⑩ 運転資金
⑪ クロージングBS
事業売却 他社に事業の一部を売却するため、管理会計と異なるメッシュで事業別カーブアウトFSを作成
グループ内再編 グループ内の事業を集約または分社化するため、持株会社化やグループ関係会社再編における事業別カーブアウトFSを作成
事業統合 合弁会社設立に各社の同一事業を統合させるため、カーブアウトFS作成
事業承継 後継者・親族など相続人の節税・納税資金・相続争い対策スキームとしての分社化のため、カーブアウトFS作成

 上表に列挙した主要論点それぞれ、カーブアウトFS作成(実績期間)に伴う実務上の代表的な論点であるが、カーブアウトFSが必要となる局面は様々であり案件固有の事情に依存するため、それゆえに画一的にカーブアウトFSを作成できるものではない。それぞれの局面における目的に応じて、対象会社からのヒヤリング・資料あるいは親会社など利害関係者の意向を基に、オーダーメイドでカスタマイズして財務情報を整備していく必要がある。

 本稿では、列挙した主要な論点の概観について述べる事とし、上記背景から、詳細には踏み込まない事とする。また、本稿は実績期間にフォーカスしており、計画期間におけるカーブアウトFSについても別途論点が存在するが、別の機会に譲るとする。

① カーブアウト対象

 各局面における目的に整合した対象事業を明確化し、切出す事業(あるいは、ビジネスユニット)の財務情報におけるメッシュを決定する必要がある。また、対象事業が単体だけではなく子会社などの関係会社も含んだ連結ベースの場合、切り出しの対象となるEntityにおいても網羅的に整理する必要がある。双方の意向・交渉の状況次第では、ディールの途中でカーブアウト対象が変動する場合がある事を意識して、モデリングのロジックを構築する必要がある。

② 管理会計と財務会計

 管理会計は企業内部の経営者・管理者など会社の意思決定に資するように定められた会社独自の基準である一方で、財務会計は企業外部の利害関係者に対して一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に基づくものである。カーブアウトディールにおいて、管理会計ベース、あるいは財務会計ベースいずれのデータベースを起点にするかは、会社の情報管理の粒度や交渉内容などに応じて進める必要がある。また、取引目的の場合、管理会計ベースを起点にしたとしても、必ずしも、財務会計ベースへの調整が必要となるわけではない。

③ 勘定科目メッシュ

 ②と関連する部分であるが、管理会計と財務会計では一般的に勘定科目のメッシュが異なる。ここでの論点は、管理会計ベースまたは財務会計ベースいずれにしろ、取引目的上の合理的な水準でカーブアウトFSを作成する必要がある点、また、開示する科目勘定のメッシュを調整する場合がある点である。前者について、カーブアウトFSは事業を切り出したり、あるいは関連当事者取引の変動やスタンドアロンコストの織り込みなどカーブアウトディール特有の調整を施すため、当該調整等を合理的に実施可能な勘定科目のメッシュを用いる必要がある。後者については、取引上、必ずしも開示する重要性がない、または事業売却における交渉相手など対外的に開示する場合、守秘情報などで開示する事が出来ないといった理由で、勘定科目のメッシュを必要最低限に留める場合がある。

④ 会計システム

 管理会計および財務会計において採用しているシステムの把握は重要である。管理会計ベースあるいは財務会計ベースの財務データがどの会計システムによって出力可能なのか、また会計システムが出力可能な情報内容を把握する事によって、カーブアウトFSに関連する財務情報の整備領域の着地点を見出す事が出来る。そして、管理会計ベースまたは財務会計ベースいずれかを基準にカーブアウト財務諸表を整備するとしても、管理会計と財務会計システム両者の関係を理解しておく必要がある。さらに、国内または海外子会社単体で採用している会計システムが異なる場合があり、財務会計上における単体の財務情報と連結パッケージの関係を抑えておく必要がある。

⑤ 関連当事者取引

 関連当事者取引のうち、カーブアウト対象となる連結グループ内の関係会社およびカーブアウト対象外となる連結グループ内の関係会社との取引内容・条件を把握し、商流を整理する必要がある。前者について、カーブアウト対象の関係会社との取引は内部取引を集計して連結消去するために必要であり(下記⑧参照)、後者について、カーブアウト対象外の関係会社との取引は当該再編などの実行後は内部取引から外部取引に置換されるための、当該取引条件の変動有無などをカーブアウトFSに織り込むか検討する必要がある(下記⑨参照)。

⑥ 本社共通費

 本社共通費はその名の通り、各事業・部門をまたいで発生する費用であり、個別の事業には基本的には紐づかない性質のものである。管理会計上、各事業に合理的な配賦基準に基づいて配賦し計数管理を行うの一般的であるが、事業売却などの取引においても、切出した事業の正常な収益性の観点から合理的に負担させるべき費用があれば、合理的な配賦基準に基づいてカーブアウト対象事業へ配賦する(下記⑨参照)。なお、配賦基準は、売上高基準/売上原価基準、限界利益/売上総利益/営業利益基準、固定資産簿価残高基準、従業員数基準、人件費基準、その他にも各費目固有のドライバーを設定して配賦する方法などが挙げられるが、配賦対象項目の性質や取引の態様などから合理的な配賦基準を選定する必要がある。

⑦ 資産・負債の分割

 損益面は、本社共通費(上記⑥参照)のように配賦する必要がある項目を除けば、各事業に紐づいており、区分管理されている事が一般的である(共通材料費などの例外もあるが)。しかし、資産・負債については、製品在庫のように明確に事業に紐づくものを除けば、営業債権・債務などの運転資本項目においても区分管理されていない場合が見受けられる。主要勘定科目別に、現預金・借入金、土地・建物などの共通不動産、共通材料・部品およびその仕入債務、年金資産、などの各事業に直課されない共通資産・負債、未払消費税・未払法人税など、承継されない可能性がある租税債務、一時差異項目のように取り崩される可能性がある税効果、などの配賦が論点となる。配賦基準については、資産・負債の性質・内容や関連する損益の配賦基準を考慮して決定していく必要がある。また、事業売却などの取引においては、必ずしも全ての資産・負債について配賦するわけではなく、買手(バイサイド)との取引条件の交渉過程において、承継資産・負債の範囲を決定し、想定のクロージングBSを作成する必要がある(下記⑪参照)。ただし、運転資本項目においては、クロージングBSの前提とは別に、価値算定の構成要素であるフリーキャッシュフロー算定における正常な運転資本増減の推移や最低現預金残高の水準を把握するために、合理的に配賦する場合がある。

⑧ 連結消去

 カーブアウト対象事業が、単体1社ではなく、その連結子会社(または連結子会社の一部の事業)においても切り出しの対象になる場合がある。例えば、海外・国内の販売会社や製造会社など、親会社のカーブアウト対象事業と併せて移転する場合、当該会社間のカーブアウト事業にかかる連結修正(成果連結および資本連結)を行い、カーブアウト連結FSを作成する必要がある。成果連結における取引高等の消去および債権・債務等の消去について、カーブアウト対象内は消去するが、カーブアウト対象外事業との取引は連結消去の対象外となるため再集計の必要がある。また、上記⑦の通り、資産・負債を配賦する場合、当該配賦の影響による債権・債務の差異が生じる場合があり、差異調整が必要となる場合がある。

⑨ スタンドアロンイシュー

 スタンドアロンは、対象事業が切り出された後、単独で事業運営する事であり、事業売却のようなカーブアウトディールの場合、当該事業運営における不足機能や関連当事者取引における条件優遇の喪失などが論点となる。不足機能については、経理・人事・総務・法務・知財など共通部門がカーブアウトの対象ではなく、事業移転先においても同水準の当該機能を有しない場合、追加的な機能の補填を検討する必要がある。また、関連当事者取引については、集中購買によるグループディスカウントの恩恵により市場価格より低い価格で部材など調達している場合に、移転後、市場価格ベースに置換を検討する必要がある。

⑩ 運転資金

 カーブアウト対象事業にかかる正常な運転資本推移や事業運営する上で最低限必要な現預金残高(Minimum Cash)について、事業移転後の資金繰りや交渉相手との価格交渉の材料として把握する必要がある。しかし、⑦と同様にカーブアウト対象にかかる運転資金(キャッシュフロー)について管理していない事が一般的である。そのため、カーブアウト対象事業にかかる運転資本の合理的な切り出しや正常化のための調整、資金繰りの水準を分析する必要がある。

⑪ クロージングBS

 上記の通り、事業売却などの取引においては、買手(バイサイド)との取引条件の交渉過程において、承継資産・負債の範囲を決定し、想定のクロージングBSを作成する必要がある。しかし、取引の交渉および最終売買契約書(Sale and Purchase Agreement / Difinitive Agreement)の締結は、実際のクロージング日以前に基準日を設定して当該日時点の基準BSに基づいて行われるのが実務である。そのため、当該基準BSとクロージングBSの差分について、最終売買契約書上、運転資本調整・純資産調整・純有利子負債調整などの方法によって価格を調整する価格調整条項を設定する事がある。

追記

 本稿では上記の通り、主要論点の概観について述べているが、詳細は筆者までご相談ください。筆者の経験上、カーブアウトFS作成における最も重要な論点は、実は上記に記載した項目ではなく、外部のアドバイザーの選定ではないかと感じている。繰り返しになるが、カーブアウトFSは、画一的な成果物ではなく、各案件固有の事情に依存する部分が大きい。それゆえに、アドバイザーの実務経験や経験によって培われた「センス」が重要となる。カーブアウトFSは、上記のような論点を整理して作成するものだが、当該論点の洗い出し・整理・モデルへの反映に必要な会計財務・税務・ビジネス的な視点、M&A・組織再編固有のプロセスの理解、モデリングのテクニカルな手法、数値感覚、ディールマネジメント能力など総合的なパフォーマンスが問われる。当該パフォーマンスの源泉となる「センス」は、現場で自ら考え、価値を生み出したプロフェッショナルしか、手に入れる事が出来ないものである。成果物やプロジェクトマネジメントの「品質」を毀損する事なく遂行することが重要と考えられる。

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