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ビジネスデューデリジェンスと企業価値評価の連携
- ビジネスDDの調査項目および事業計画策定 -
デューデリジェンスとバリュエーションはどのように連携する?
価値評価手法におけるインカムアプローチは、将来計画のFCFを用いて価値を算定するため、事業計画の策定は当然に価値評価の中核を占める重要なプロセスとなる。株式価値は事業価値からネットデットを控除して算定されるが、事業価値はFCFをベースに算定されるため、FCFを構成する営業利益(売上、売上原価、販売費及び一般管理費)、運転資本推移、設備投資および減価償却費が事業計画策定の重要な構成要素となる(詳細は「株式価値評価手法」参照)。
株式価値 = 事業価値 + 非事業用資産 - (総有利子負債 - 余剰現預金)
= 事業価値 - ネットデット
FCF = 税引前営業利益 - 法人税等 + 減価償却費 - 運転資本増減 - 設備投資 = EBITDA - 法人税等 - 運転資本増減 - 設備投資
事業計画の策定は、実態把握、施策立案、計数化(財務モデリング)の流れの中でビジネス・財務面と中心としたデューデリジェンスを基に実施される。本稿では、実務として定着してきているデューデリジェンスおよびバリュエーション相互の連携について、ビジネスデューデリジェンスの調査項目および事業計画の策定の観点から述べたい。
ビジネスDDが求められる局面
M&Aや再生局面において、デューデリジェンスレポートを外部アドバイザーから取得する場合がある。ここでデューデリジェンスと言っても、財務・税務・法務・ビジネス・人事・知財・IT・環境など様々な領域で必要性に応じて実施されるが、ビジネス領域については、以下局面でデューデリジェンスを実施する事が多い。
① M&A局面において、売手の事業計画を評価する場合
② M&A局面において、売手側が自身の事業計画を作成する場合
③ 再生局面において、債務者が自身の事業計画を作成する場合
その他に、資金調達(借入・出資・補助金・助成金)、株式上場(IPO)局面など
M&A局面(①)においては、買手・売手の性質あるいは買手と売手の関係性から調査範囲は取捨選択される事になるが、買手が売手と同業である場合は買手自身が業界に知見を有しており(場合によっては外部のアドバイザーよりも)、外部にデューデリジェンスを委託せずに自ら調査を実施する事が多い。
一方で、M&A局面(②)や再生局面(③)においては、自身のビジネスに関わる事業計画を策定するため、内部リソースが豊富な企業であれば内製化して対応出来るが、事業計画策定のリソースやノウハウが欠如、価値評価を意識した事業計画の精緻化、あるいは買手デューデリジェンスから受ける指摘事項を事前に把握し事前の対応策を検討するなどを目的に外部アドバイザーに委託する事も多い。
ビジネスデューデリジェンスにおける調査項目
第一ステップとして、事業構造(外部要因)および業績構造(内部要因)を分析する。必要に応じて、両者分析からSWOT分析を実施し、課題を整理する。
第二ステップとして、外部・内部要因の分析から抽出された課題を基に、当該課題に対応する定量化した施策を立案する。
第三ステップとして、当該施策を事業計画に織り込み財務3表モデル(PL・BS・CF)を作成する。なおM&A局面の場合、シナジー効果なども分析し、必要に応じて事業計画へ織り込む事になる。
第一ステップの調査項目を中心に調査項目例を記載する。
① 外部要因分析
外部要因分析は、PEST分析、5Force分析、市場規模推移分析、競合環境分析、バリューチェーン分析から構成され、機会と脅威の洗い出しが行われる。
② 内部要因分析
内部要因分析は、業績・パフォーマンス分析、事業ポートフォリオ分析、バリューチェーン分析、組織・ガバナンス分析、人材分析から構成され、強みと弱みの洗い出しが行われる。
③ SWOT分析 / クロスSWOT分析
SWOT分析 / クロスSWOT分析は、再生局面における会社の再建計画の方向性検討に活用する事が多い。
ビジネスDDの調査項目例
調査項目 | 詳細 | ||
---|---|---|---|
外部要因分析 | PEST分析 | 政治的要因 |
税制、業界関連法規、環境対策、消費者保護、情報公開 |
経済的要因 Economics |
国民所得、景気、消費性向、設備投資、為替・金利、雇用環境、国民経済 | ||
社会的要因 Social |
人口動態、倫理観、美意識、生活観、生活時間、ライフスタイル、社会的意識 | ||
技術的要因 Technology |
技術革新、特許、環境対応、省エネ、コンピュータと通信テクノロジー、バイオテクノロジー、新素材 | ||
5Force分析 | 競合企業 | 同じ業界内で競い合う関係にある他社との関係の変化 | |
新規参入 | 競合関係に無い企業が新規に参入してくることによる脅威 | ||
代替品 | 提供している商品の代わりとなる商品が出てくることによる脅威 | ||
供給 | 商品を製造する元になる材料の供給業者がもつ価格への影響力の変化 | ||
顧客 | 商品の購入者が持つ価格への影響力の変化 | ||
市場規模推移分析 | 実績・予測 | 生産量、販売量、売上、人口 | |
競合環境分析 | 業界シェア | 売上高などの市場規模に占める各企業のシェアをリスト化 | |
ポジショニング分析 | 都市型・郊外型、品質訴求型・価格訴求型など2×2マトリクスでプロット | ||
競争戦略 | 差別化戦略、コストリーダーシップ戦略、集中化戦略の検討 | ||
バリューチェーン分析 | 商流 | 開発、調達、製造、組立、販売(卸売)、販売(小売)、アフターサービスの整理 | |
プレーヤー動向 | 商流ごとに主要プレーヤーを把握 | ||
内部要因分析 | 業績評価分析 (*財務DD領域と重複) |
収益性 | 売上高、営業利益(率)、原価(率)、販管費(率)、EBITDA(マージン) |
コスト構造 | 原価(率)、販管費(率)、人件費、売上高比率、固変分解、損益分岐点 | ||
効率性・生産性 | 一人当たり売上高・粗利、在庫回転率、1店舗あたり売上高、坪当たり売上高、顧客単価 | ||
その他PL分析 | 単価・客数、商品別・事業別・拠点別・エリア別の売上高、収益性、コスト、売上構成、競合ベンチマーク、予算実績差異、時系列 | ||
実態把握分析 (*財務DD領域と重複) |
運転資本 | 売上債権、棚卸資産、仕入債務、運転資本の推移、回転期間、必要最低現預金 | |
ネットデット | 有利子負債、オフバランス債務、非事業用資産 | ||
その他資産・負債 | 固定資産、退職給付債務、税効果、引当金 | ||
設備投資 | 設備投資、研究開発投資 | ||
事業ポートフォリオ分析 | PPM | 花形、金のなる木、負け犬、問題児による事業別ポジション | |
ビジネススクリーン | 自社の強み、業界の魅力度による業界ポジション | ||
バリューチェーン分析 | 定性分析 | バリューチェーンの各プロセス別の機能、強み、弱み、課題を整理 | |
人的資源配置 | バリューチェーンの各プロセス別・拠点別に人員数や人件費を整理 | ||
組織・ガバナンス分析 | 組織分析 | 組織図から経営管理、部課の構成を俯瞰し、バリューチェーン分析などとの連携 | |
人材分析 | 階層 | 経営層、管理職、現場職の各階層における人材品質の課題を抽出、スキルマップによる定量化 | |
SWOT分析 / クロスSWOT分析 |
外部要因 | 機会 Opportunity |
・ PEST分析 ・ 5Force分析 ・ 市場分析 ・ 競合分析 |
脅威 Threat |
|||
内部要因 | 強み Strength |
・ 事業ポートフォリオ分析 ・ バリューチェーン分析 |
|
弱み Weakness |
|||
財務モデリング | 修正項目 | スタンドアロン | 分析結果の整理から、勘定科目別の修正項目、定量化された施策の事業計画への反映 |
バリューアップ項目 | シナジー / ディスシナジー | シナジー効果、ディスシナジー効果の抽出・定量化、事業計画への反映 | |
アクションプラン | シナジー効果を実行可能にするためのアクションプラン策定 |
なお、本稿におけるビジネスデューデリジェンスの調査項目は筆者の経験の中で一般的な手続きを列挙したものであり、調査の網羅性を保証するものではなく、また意見にわたる部分については、筆者の私見であることを最後に申し添える。